無裁定理論と完全市場

デリバティブのプライシングとは

デリバティブ取引は基本的に関係者間でオーダーメイドで作成され、無限の種類があります。それではそのような複雑な取引に対して、当事者がお互い納得のできる価格をどのように決めているのでしょうか?現実の市場の多様性を完全に織り込んだ方程式を作ることは不可能なので、市場を単純化し様々な現実世界と整合的な仮定を置くことで納得感のある価格の計算を行います。このように、ある仮定の下でデリバティブの価格を計算する行為をプライシングと呼びます。今回は多くのデリバティブの価格理論で前提となっている無裁定理論と完全市場という2つの重要な仮定について説明します。

無裁定理論

無裁定理論(Non-Arbitrage Theory)とはデリバティブのプライシングの前提となっている重要な仮定です。無裁定理論では、「市場が無裁定である」ことを仮定しています。「市場が無裁定である」とは、100%の確率で必ず収益を得られる方法が市場に存在しないということです。例えば、手元資金が全くない状態で、ある株式を空売りしてその資金で別の株式を購入することで必ず収益を得てしまうというようなことは起きないという前提を置いています。仮に、そのような機会が存在すると理想的な市場では誰もが同じ取引を行ってしまい、いずれそのような収益を確実に得られる機会(裁定機会)は消滅してしまいます。現実世界で考えても、例えばあるA社の株がある市場Xでは100円で取引されているのに、別の市場Yでは同じA社の株が110円で取引されているとします。そうすると市場XでA社株を100円で購入してその購入した株を市場Yで110円で売却することで、まったくリスクを取らずに収益を得ることができます。短期的にはこのような価格のミスマッチは存在するかもしれませんが、多くの人がこのことに気づき同じ取引を繰り返すと市場XでA社株がたくさん購入されることでA社の株価が上昇し、一方で市場YではA社株がたくさん売却されることになるのでA社の株価は下落していき、最終的には市場XとYで同程度の価格に落ち着くはずです。したがって、無裁定理論は現実の市場の動きと整合している仮定であると考えられます。

完全市場

市場が完全であるとは、完全な競争が行われており最適な価格が形成されていることを意味します。実際のマーケットでは様々な要因で価格が変動していくので、現実には完全市場というものはありえませんが、デリバティブのプライシング等において現実の市場を単純化して価格付けを行うのによく用いられている仮定です。完全市場の定義は以下の通りです。

  • 市場参加者の個々の力は十分小さく、価格形成に個人で大きな影響を与えることはできない
  • ロングポジション、ショートポジションの両方が取れる
  • 信用リスクは発生しない
  • 取引による手数料等のコストは一切かからない

また、任意の資産を市場で取引されている商品の組み合わせで複製できる市場を完備市場といい、完全市場と合わせてデリバティブのプライシングの重要な前提となっています。
これらの重要な前提の下で多くのデリバティブの価格理論では、デリバティブはその元となる資産(原資産)によってデリバティブと同じ全くキャッシュフローを複製し、その複製ポートフォリオの価値を計算すれば、それがデリバティブの価格になるという考え方をベースにします。ブラック・ショールズのオプション価格式などの代表的なデリバティブの価格理論についても同様の考え方をベースとしています。したがって、これらの価格理論の多くは単純化した市場でのみ適用されるものであり、現実の市場には完全には適用できません。しかし、現実世界の市場を完全に数式で記述することは不可能であることから、実務的には理論的に求めた価格に対してマージンを設けたり、ストレスシミュレーションを行うなどしてこの現実世界の市場と理論上の理想的な市場のギャップを埋めているのです。