グリークスによるオプション取引のリスク管理

グリークスとは

オプション取引には様々なリスクがあります。代表的なリスクは以下のものです。

  1. 信用リスク:取引先の債務不履行により損失を被るリスク
  2. 市場リスク:市場価格の変動により損失を被るリスク
  3. オペレーショナルリスク:事務処理のミス等で損失を被るリスク
  4. リーガルリスク:契約違反や法律違反により損失を被るリスク
  5. 流動性リスク:流動性の不足によって適切な価格での取引ができないことにより損失を被るリスク

これらのリスクのうち、市場リスクを表現するために用いられるのがグリークスという指標です。グリークスは対象となるリスクファクター(金利や為替レート等オプションの価格に影響を与えるファクター)が変動した時に、オプションの価格がどれくらい変動するかを表したものです。

様々なグリークス

グリークスは対象となるリスクファクターによって様々な呼ばれ方をしますが、ここでは代表的なものを紹介します。

デルタ

デルタとは原資産価格の変動に対するオプション価格の変動を表します。例えば、株のコールオプションのデルタは原資産となっている株が1円上昇した時にオプションの価格が何円変動するかを表します。コールオプションは原資産の価格が上昇するほどオプションの買い手には有利になる(=権利行使日の株価が行使価格を上回れば市場よりも有利な価格で株を手に入れられる)ので、デルタはプラスになります。反対にプットオプションの場合、原資産の価格が上昇するとオプションの買い手には不利になりますので、デルタの値はマイナスになります。一般的にオプション価格の計算に利用されているブラックショールズ式を用いた場合、デルタは以下の数式により計算されます。
$$Delta = N(d_1)$$
ただし、
$$N(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^x \mathrm{e}^{-\frac{y^2}{2}} dy : 正規分布の累積密度関数$$
$$d_1 = \frac{\log{\frac{S}{K}}+(r+\frac{\sigma^2}{2})T}{\sigma\sqrt{T}}$$
ここで、満期までの期間を$T$、行使価格を$K$、原資産価格を$S$、ボラティリティを$\sigma$、金利を$r$とおいています。

ベガ

ベガとはボラティリティの変動に対するオプション価格の変動を表します。コールオプションかプットオプションかに限らず、オプションの買い手にとってボラティリティは大きいほど有利(=自分にとって有利な価格で行使ができる可能性が高くなる)になりますので、オプションの買い手にとってベガは常にプラスになります。反対に売り手にとっては常にマイナスになります。また、ベガは原資産価格が行使価格に近いほど大きくなり、行使価格から原資産価格が大きく離れている状態だとゼロに近くなります。これは、原資産価格が行使価格に近い場合はボラティリティの変動によってそのオプションが行使されるかされないかに大きく影響を与える一方で、原資産価格が行使価格から遠い場合多少ボラティリティが変動しても行使されるかどうかに影響を与えないことを表しています。ベガはブラックショールズ式においては以下の数式で計算されます。
$$Vega = S\sqrt{T}\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\exp(-\frac{1}{2}d_1^2)$$

セータ

セータとは市場レートなどが一切変化せずに時間だけが経過したときのオプションの価格の変動を表します。一般的にオプションを購入すると時間経過によりオプションの価値が減少するのでセータは常にマイナスになります。反対にオプションの売り手にとってはセータはプラスになります。オプションの価値は本源的価値と時間的価値に分解できますが、セータとは時間的価値にあたります。セータはブラックショールズ式において以下の数式で計算可能です。
$$Theta = – rKe^{-rT}N(d_2) – \dfrac{\sigma S}{2\sqrt{T}}\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\mathrm{exp}\left\{-\frac{1}{2}d_1^2\right\}$$
$$d_2 = \frac{\log(\frac{S}{K}) + (r-\frac{\sigma^2}{2})(T)}{\sigma \sqrt{T}}$$

ロー

ロートは金利の変動に対するオプション価格の変動を表します。株や為替のオプションでは最終的なキャッシュフローの計算に金利は関係ありませんが、将来のキャッシュフローの価値を現在価値に割引く際に金利を利用するため、金利が変動することでオプションの価格も変動します。ただし、オプション取引においてローリスクはデルタやベガといったリスクに比べて小さくあまり意識することはありません。ローはブラックショールズ式で以下の通り計算できます。
$$Rho = TKe^{-rT}N(d_2)$$

その他のグリークス

上述した代表的なグリークス以外にも様々なグリークスがあります。例えば原資産価格の変動に対するデルタの変動率(ガンマ)や、原資産の変動に対するベガの変動率(バンナ)、ボラティリティの変動に対するベガの変動率(ボルガ)などです。これらの指標を使って市場リスクを表現することができます。

グリークスによるPL分析

オプションのPLとは、オプションの価格変動によって得られた(または失った)収益のことです。例えば自分の保有しているコールオプションの価値が100円から110円に上がった場合10円の収益を得たことになりますが、この10円がどのような要因で得られたかをグリークスを使って分析することができます。このオプションのデルタが0.5円(原資産価格が1円上がればオプションの価格が0.5円上がる)であり、実際に原資産の価格が2円上がっていたとすると、0.5 × 2 = 1円で10円のPLのうちデルタによるPLが1円であったことがわかります。同様にしてベガやセータに対するPLもグリークスの値と実際のリスクファクターの変動幅を掛け合わせることで算出することが可能です。このようにしてPLの要因を分析することができます。